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大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)21号 判決

原告 山主照代

被告 大阪府知事

主文

被告は原告に対し金二六万六六五一円及びこれに対する昭和四一年二月一六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は、「被告は原告に対し金二三五万四一六五円(原告は金二三五万四二〇一円とするが誤記と認める)及びこれに対する昭和四一年二月一六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並びに予備的に仮執行免脱の宣言を求めた。

第二当事者の主張並びに答弁

一  原告主張の請求原因

1  原告は、大阪府守口市大字大日九番地の八(以下「本件土地」という)地上の木造瓦葺平家建店舗付住宅(訴外山邑理久蔵所有、六畳、三畳、二畳及び店舗一二三三平方メートル、三・七三坪、以下「本件建物」という)を貸借し、昭和三八年六月頃から夏季はカキ氷等飲料の販売を、その他の季節はお好焼き等の販売をして生計を維持して来たものである。

被告は、右土地を守口都市計画街路事業大阪府中央環状線建設工事用地とするため、原告の賃借する本件建物敷地を買収しようとし、関係人として原告とも協議したが、協議不成立となり、被告は昭和四〇年九月三日大阪府収用委員会に収用裁決の申請をした。

2  大阪府収用委員会は、昭和四一年一月一八日収用裁決(収用の時期同年二月一五日)をしたが、それによると、原告に対する損失補償として、地上物件移転補償(内部造作一式分)金九万八七〇〇円、その他通常受ける損失補償として、借家人補償金四四万七五五八円(住居借入額分金三四万八八七〇円、家賃差額分金九万八六八八円)、動産移転料金一八、三五五円、移転雑費金一万六〇〇〇円、その他(起業者申請の営業補償額分で裁決においては、原告が食品衛生法による営業許可をうけていなかつたから、営業補償の対象とならぬとしたが土地収用法四八条三項により補償額に加算したもの、)金一五万三三四九円、以上計金七三万三九六二円とした。

3  しかしながら、右の補償額は不当に低廉である。このことは、被告自ら原告に対し、昭和三九年四月三日付文書で、本件収用に伴う補償金として金九〇万一三七三円を呈示したことからも明らかである。また、本件建物と道路を隔てた向いの僅か七坪の普通住宅借家人は、借家人補償として金一〇〇万円以上の補償を受けており、二倍以上の面積を有する借家で営業する原告に対する補償額は、これらに比し極めて不当である。

(一) まず、借家人補償については、近傍類地の借家賃借権の取引において店舗付住宅の賃借権は一般住宅のそれに比し、概ね三倍の保証金で取引されるのが普通である。そして、借家人補償の算定の基礎となる土地代についても、たとえば、昭和三九年八月になされた訴外植田長三所有の守口市大日旧大庭六番三一四番地二七・七二坪の売買(買主は電々公社)は、一坪当り金一三万円でなされており(この土地は本件土地から約八〇メートル離れた場所)、また、昭和四〇年九月になされた訴外村橋康蔵所有の同市大字大日旧大庭三番九一番地の一宅地二〇・九二坪の売買(買主は大阪府開発協会)は、一坪当り金九万五、〇〇〇円でなされている。右はいずれも公共用地に供する目的で売買された事例である。これらから考えると、原告に対する損失補償額は金一一〇万円が相当である。

(二) 営業補償については、原告は夏季はカキ氷等飲料を、その他の季節は主としてお好焼き等をそれぞれ販売し生計を維持して来たものであり、前者(カキ氷等の販売)については昭和三八年六月以降四〇年まで守口保健所長の許可を得ていたが、後者(お好焼き等の販売)については同年九月二五日同保健所長に許可申請をしたところ、店舗設備の不備を理由に許可が得られなかつたので、同保健所の指導により改造しようとして、大工(訴外井上某氏)に依頼していたものであるところ、被告の土地買収担当者から「改造してはならない」と申渡され、止むなくそのまま営業して来たものである。したがつて、原告に対する営業補償は当然なされるべきものである。そして、その損失補償は、原告の昭和三九年一一月から昭和四〇年一〇月までの一年間の平均月収に基づいてなされるのが相当であると考えられるところ、原告の右期間内の収入は、売上総額金二一三万四〇二一円、仕入等経費総額金四九万六九五円、所得額金一六四万三三二六円となり、一ケ月当り平均収入は金一三万六九四四円(原告は金一三万六九四九円とするが、右は誤記と認める。なお、以下これが基本となるので、これに関する数字もすべて訂正数字による)である。そこで、

(1) まず休業補償について

原告は、本件建物敷地の収用により他に移転しなければならなくなり、そのため昭和四一年一月五日頃から移転準備のため休業の止むなきに至り、その後他の場所で守口保健所の許可を得て営業を始めたのは同年三月二三日である。

したがつて、原告が休業の止むなきに至つた期間は二ケ月を超えるが、その範囲内の二ケ月分計金二七万三八八八円。

(2) 移転による収益減(得意喪失による)の損失補償について

前記のとおり、原告は店舗の移転を余儀なくされ、そのため従前の得意を全く失い、(原告の従前店舗のお客は、近隣在住者で来店又は出前する者が全体の八〇%、通行中来店する者は二〇%であつた。)新規に開拓しなければならなくなり、そして、一応旧に復するに要すると考えられる期間は一八ケ月である。したがつて、その間の収益減による損失補償額金一二三万二四九六円(新店舗開店月を零%とし、一八ケ月後に一〇〇%に回復するものとし、その間平均五〇%として一八ケ月分)。

(三) 新たに営業を始めるには、宣伝、広告をしなければならないことは当然であり、それに要する費用は本件収用によるものである。その明細は別紙宣伝費明細書記載のとおりで、計金一一万六二〇〇円のうち金一〇万円。

(四) その他、本件収用に伴い支出を余儀なくされた諸雑費(その明細は、別紙雑費明細書記載のとおりである)計金一五万円。

4  よつて被告に対し、借家人補償分については金一一〇万円から既に受取つた金三四万八八七〇円を控除した金七五万一一三〇円、営業補償分については金一二三万二四九六円から既に受取つた金一五万三三四九円を控除した金一〇七万九一四七円、休業補償金二七万三八八八円、宣伝、広告費金一〇万円、諸雑費金一五万円、以上計金二三五万四一六五円及びこれに対する昭和四一年二月一六日(収用の時期である昭和四一年二月一五日の翌日)以降完済まで民法所定の年五分の割合による損害金の支払いを求める。

二  被告の答弁(並びに主張)

1  原告主張の請求原因第1、2項記載の事実はいずれも認める。

2  同第3、4項記載の事実はいずれも争う。もつとも、原告と本件損失補償についての協議の過程で、原告に対する損失補償金として金九〇万一三七三円を呈示したことは認めるが、右は協議が成立しなかつた以上、正当補償額とは関係がない。

3  被告の主張(積極否認)

(一) まず借家人補償について被告の算定根拠は昭和三七年六月一九日閣議決定をみた公共用地の取得に伴う損失補償基準昭和三八年四月一三日付建設省事務次官通達による同運用方針に従つて次のとおり算定した。

(1) 住居借入額の算定方法

(土地の坪当たり更地価格×a+建物の延坪当たり現在価格×b)×建物の使用坪数

aは用途別適用率で、前記運用方針の住宅としての率により〇・一とした。

bは借家権割合で前記損失補償基準により〇・四とした。

建物の使用坪数は原告の使用していた坪数により一一・六五坪とした。

本件土地の坪当たり更地価格は守口市大日旧大庭附近の土地売買の実例等を参考にして、金五万三五〇〇円と認定し、権利金に関しては、店舗付住宅は専用住宅と区別がないので住宅としての評価により、また、建物の一坪当り現在価格は、右大庭附近で当時新築して売買されていた建物の売買価格金六万五〇〇〇円に、減価率〇・九四六を乗じ、これに借家権割合〇・四として計算し、住居借入額を金三四万八八七〇円と算定した。(裁決においても、この算定額を採用した。)

(2) 家賃差額の算定方法

前記運用方針により標準家賃を算出し、これから現行家賃を差引くという方法により、補償年数を二年間として計算し、家賃差額計金九万八六八八円と算定した。(裁決においても、この算定額を採用した。)

標準家賃の計算式は次のとおりである。

土地価額×〇・〇〇五×(一―a)+建物価額×〇・〇一〇五×(一―b)

(イ) 土地価額は土地の坪当たり更地価格に建物敷地の坪数を乗じて得た額である。

更地価格(五三、五〇〇円)×建物利用率(二・〇)=一〇七、〇〇〇円

(ロ) 前記の如く、aは〇・一、bは〇・四である。

(ハ) 〇・〇〇五は、地代を一年につき更地価格の六分として月に直した割合である。

(ニ) 〇・〇一〇五は、月当り純家賃率であり、その要素は建物の損害保険料、公租公課、修繕および管理費、元利均等償還率である。

こうして算出した坪当たりの価格に建物使用坪数一一・六五を乗じて得られる標準家賃から原告の現行家賃六〇〇〇円を差引き、補償年数を二年間(前記基準三四条二項)として、これに乗じて家賃差額算定。

(二) 次に営業補償については、

(1) 原告は、本件建物で昭和三八年六月から夏季はカキ氷その他の飲料販売を、その他の季節にはお好焼屋を営んでいたが、右営業は食品衛生法二一条により営業許可を要するものであるが、右お好焼きの販売については全く許可を得ておらず、カキ氷等の販売についてはその許可期間は昭和四〇年九月三〇日をもつて終了し、同年一〇月一日以降は無許可営業をしているものである。したがつて、右同日以降の原告の営業は違法行為であり、収用に伴う損失補償制度に照らし補償の対象とならないものである。

(2) 仮りに補償を要するとしても、前記基準四四条及び運用方針二七条に従つて次のとおり算定するのが正当である。

(イ) 休業補償については、原告の一ケ月の収入は、原告が提示した記帳のうち昭和三九年一月から同年六月までの仕入金額二六万一四〇五円(一ケ月平均四万三五六七円)から一ケ月平均の売上金額を計算すると、一ケ月平均収入は金二万八二三七円となる(中小企業診断協会発行の昭和三九年度調査中小企業の経営指標による飲食業の平均荒利益率四三%、純利益率一〇・五%を参考に検討すると、原告の荒利益率四六%、純利益率三五%とするのが相当で、これによると、原告の一ケ月平均売上金額は金八万六七九円となり、これの三五%が収入となる)。これに収容設備、客の回転状況等を考慮し、原告の一ケ月平均収入を金二万九四〇〇円と算定した。そして、原告は借家人であるから休業期間は屋内動産移転期間に均しいと考えられ、それには最大限に見積つても一ケ月で十分である。

(ロ) 次に店舗移転に伴う一時的得意の喪失に対する損失補償については、原告の店舗は地域的に特定性のある営業であるから、最初の月は収入零とし、最大期間八ケ月で旧に復すると考えるのが相当であるから、前記一ケ月の平均収入金二万九四〇〇円の四ケ月分に相当する。したがつて、その損失補償額は金一一万七六〇〇円をもつて正当とする。

(三) 動産移転料については、前記基準三一条、運用方針一六条に従い、大阪府で専門家の鑑定等により立案した基準により算定し合計一八、三五五円とした。(裁決においてこの算定額を採用した。)

(1) 屋内動産補償額=標準台数×一台当り屋内動産移転標準額

(イ) 標準台数は原告の建物使用坪数に応じ積載容積六立方メートル、二トン積三台とした。

(ロ) 借家人の一台当り屋内動産移転料標準額は四、九二九円とした。

(ハ) 以上により、屋内動産移転料は一四、七七五円となる。

(2) 屋外動産補償額

動産台数(動産の容積および重量により決定)×一台当り屋外動産移転料標準額

原告方には、これといつた屋外動産もなかつたので動産容量六立方メートルの六分の一と見積り、借家人の一台当り屋外動産移転料標準額三、五八〇円を乗じ、三、五八〇円と算定。

(四) 移転雑費についても、前記基準三七条、運用方針により、つぎのように算定し、合計一六、〇〇〇円とした。(裁決においてこの算定額を採用した。)

(1) 移転先詮索費用として、借家人が自ら選定したものとしての日当額一日一、〇〇〇円の割合による一〇日分の一〇、〇〇〇円を算定。

(2) 居住者補償費(移転通知費、引越あいさつ費など)として、郵便料金等を参考にして六〇〇〇円を算定。

(五) 店舗移転による宣伝、広告費等の補償については、一般に、お好焼屋や氷水屋は、広告などしないのが普通である。そこで最少限度の費用として金五、〇〇〇円を算定した。しかしこれは前記の営業補償金に含まれているのである。

(六) その他の雑費としては、一ケ月分の電気、水道、電話等の基本料金を補償するのが相当であると解せられるので、右の料金計金一、三四九円をもつて正当とする。なお、原告主張の雑費中の動産移転に伴う破損料等は、前記動産移転料に含まれている。原告主張の雑費中の電話移転費は地上物件移転補償の内に含まれている。ちなみに裁決においても採用された地上物件移転補償費九八、七〇〇円の内訳はつぎのとおりである。(イ)水道、排水設備、手洗器ビニール管一三メートル一式九、三〇〇円、(ロ)電灯、外灯一個、スイツチ一個、差込二個、配線変更一一、四〇〇円(ハ)電話設備一式五、〇〇〇円(ニ)内部改造、調理室仕切、作業台、開き戸一式六四、〇〇〇円(ホ)物置、木造鉄板葺仮設一式二、〇〇〇円(ヘ)内部雑作、木造プロパンガス台一式七、〇〇〇円以上合計九八、七〇〇円。

(七) 以上の次第で、本件裁決にいう金七三万三九六二円は、原告に対する本件収用に伴う損失補償額として正当であり、被告は既に原告に対し右金額を支払いずみである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告主張の請求原因第1、2項記載の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告の主張する損失額について順次検討する。

1  (借家人補償についての検討)

借家人に対する補償は、借家人があらたに従前の賃借建物に照応する他の建物の全部又は一部を賃借りするために通常要する費用および従前の建物の全部又は一部の賃借料があらたに賃借りする建物について通常支払われる賃借料相当額に比し著しく低額であると認められるときにその賃料の差額を補償すべきものと解すべきところ(前記基準三四条参照)、原告が従前賃借していた本件建物は、大阪府守口市大字大日九番地の八地上の木造瓦葺平家建店舗付住宅(六畳、三畳、二畳および店舗部分三・七三坪)で(右事実は当事者間に争がない。)証人山主久雄の証言によると、本件建物の賃料は一月六〇〇〇円で、府道八尾吹田線と守口市から庭窪に抜ける道路との交差点(淀川沿い)附近に位置し、右交差点には京阪バス停留所があり、淀川を越えて鳥飼方面へ行く人の京阪バスに乗り換える地点であつたことが認められる。

ところで、原告は、原告に対する借家人補償額は金一一〇万円が相当である旨主張するけれども、あらたに件建物に照応する建物を賃借りするために通常要する費用が一一〇万円であると認めるに足りる証拠はなく(この点について証人山主久雄(原告の夫)の証言及び同証言により成立の認められる甲第六、一〇号証は採用できない。)かえつて、右証言によると、原告は本件収用の結果、昭和四一年二月頃本件土地から約二〇〇メートルぐらい離れた京阪バス停留所前の場所で、訴外鳥橋政枝所有の店舗付住宅(建坪九坪)を賃借し、同年三月二三日頃から飲食店を営んでいるが、右賃借について、借家権として約金三〇万円を支出し、そして賃料は一ケ月金六、〇〇〇円であることが認められる。(この点について、他にこれに反する証拠はない)。

そうすると、原告があらたに賃借りした右建物と従前賃借していた本件建物とは、坪数、環境とも概ね照応するものと認められるところ賃料は従前の賃料とほぼ同一であり、したがつて、家賃差額はなく、また借家権も約金三〇万円で取得し、しかも、右賃料額、借家権価額は特別の縁故により特に廉価にして貰つたということも認められないのであるから、本件裁決にかゝる借家人補償額四四七、五五八円はその算出方法は異なるにせよ相当と認むべく、結局、原告の借家人補償に関する主張は理由がないことに帰する。(原告が新たに賃借するにつき現実に支出した金員が右裁決額より金一四万七五五八円少い計算になるが、証人山主久雄(原告の夫)の証言及び弁論の全趣旨によると、右の新借家は、少くとも右の差額一四万七五五八円を投じて造作、改装等を施こすことにより従前賃借していた本件建物と照応する程度のものと認められるから、前記の借家人補償額は相当であるということになる)。

2  (営業補償についての検討)

原告が、昭和三八年六月頃から本件建物で夏季には主としてカキ氷等の販売を、他の季節には主としてお好焼き等を販売して、生計を維持して来たものであることは当事者間に争いがない。

(一)  そこで、まず営業補償の要否について判断する。

成立に争いのない甲第五号証の一ないし三、乙第一号証、証人山主久雄の証言により成立の真正を認め得る甲第二号証に同証人の証言を綜合すると、

(1) 原告は、大阪府守口保健所長の許可を受けて、昭和三八年度は申請のとおり、同三九年度は六月二六日から九月三〇日まで、同四〇年度は七月八日から九月三〇日まで、いずれもカキ氷等の販売を営んで来たものであり、その他の季節は、主としてお好焼き等を販売して来たが、このお好焼きの販売については右保健所長の許可(食品衛生法二一条)を得ていなかつたこと。

(2) 右のお好焼き等の販売については、昭和三八年九月二五日許可申請をしたが、守口保健所担当官から、店舗の改造等をしない限り許可できない旨申し渡され、原告としては、夏季のカキ氷等飲料販売のみで年間の生計を維持できないところから、右保健所担当官の指導を受けて店舗の改造をしようとしたところ、被告の本件土地収用担当職員から「改造してはならない」旨申渡され(なおこの点について土地収用法八九条、二八条の三等)、止むなく生計を維持するため許可が得られないまま営業を継続して来たものであること。

(3) 被告も、収用を前提とする協議の段階及び収用裁決の申請においても、原告に対する営業補償の必要を認め金一五万三三四九円を営業補償額として申請したこと。が認められる。そして、この点について右認定に反する証拠はない。

右認定の事情からすると、本件収用において、原告に対する営業の補償は、これをなすべきものであると認めるのが相当である。

この点について、被告は、本訴においてカキ氷の販売は昭和四〇年九月三〇日まで許可されていたのであり、同年一〇月一日以後の許可はなく、また、お好焼き等の販売については、全く無許可であり、違法な営業であるから収用による損失補償の対象となる権利ではない、旨主張するが、カキ氷の販売については、昭和四一年以降も夏季においては特段の事情のない限り、従前どおり許可される事情にあると認められるし、また、お好焼き等の販売については、なる程形式的には無許可営業であるけれども、前認定の事情からすれば、行政罰の対象となるかどうかは別論として、許可を受けるべく改造等について努力したに拘らず、被告の収用担当職員から「改造してはならない」旨申渡されたことにより、止むなく許可を受け得なかつたものであつて、仮にもし本件収用が予定されていなかつたら、原告としては本件建物を改造して、保健所長の許可を受け営業したであろうことが推認されるから、土地収用に伴う損失補償制度に照らし、被告のこの点の主張は採用し得ない。

(二)  よつて補償額について判断する。

成立に争いのない甲第一五号証、乙第一号証、証人海野源左衛門の第二回証言および証人山主久雄の証言により成立の認められる甲第一一号証に証人海野源左衛門(第一、二回)、同江田直介、同山主久雄の各証言(但しいずれも後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を綜合すると、

(1) 原告は、昭和三八年六月頃から同四一年二月頃立退き移転するまで、夫山主久雄と共に本件建物の店舗(客席は一二ぐらい)で夏季は主としてカキ氷等を、その他の季節は主としてお好焼き等を、それぞれ販売して生計を維持して来たものであり(以上の点は概ね当事者間に争いがない)、そして、原告の家族は原告等夫婦と子供一名で、営業名義は原告であるが、実際の労働は主として原告の夫山主久雄があたり、午前九時頃から午後一〇時頃まで営業していたこと。

(2) 本件建物は、府道八尾、吹田線と、守口市から庭窪町へ通ずる道路の交差点に接して位置し、京阪バスの乗換客等で比較的客が多く、電動の氷カキ機等を備え、時には原告の妹が手伝いをしたこともあり、また出前等もしていたこと。

(3) 本件建物での原告の営業は、昭和三八年六月頃からで本件収用により移転するまでの営業は約二年六月であり、そして、原告の店舗への来客も、主として附近の勤労者、バスの待合せ時間等を利用する客であつて、いまだ、いわゆる「のれん」的価値を生じていたとは言えず、したがつて、新店舗で同種営業を始めても、移転による得意喪失の損害は八ケ月程度で回復すると考えるのが妥当であること。

(4) 原告は、本件建物で昭和四一年一月五日頃まで営業したが、その後は立退き準備等で休業し、新借家に移り営業を始めたのは同年三月二三日で、休業期間は二ケ月以上であつたこと。

(5) 原告に対する損失の補償について、原、被告間の協議の段階で昭和三九年三月三一日、被告から全部の損失補償として金九〇万一三七三円が呈示され、その後、いわゆる協力金名下に右金額に上乗せし一切の損失補償金として金一〇五万円が呈示されたこと。

(6) 昭和四〇年から同四一年初め頃の物価その他の情況からすると、一ケ月金三万円程度の収入で生計を維持することは到底なし得なかつたであろうと考えられる(通常は、より収入のよい職業に転職するであろうと考えられる)こと。

(7) 原告の原材料代金は、原告が基準に採用している昭和三九年一一月から昭和四〇年一〇月までの合計は四九万一九五円、一月平均は四万八四九円で(甲第一一号証による。被告主張の昭和三九年一月から同年六月までの原材料仕入代金合計二六万一四〇五円は甲第一一号証記載のそれと合致する。)原告は、原材料代金の三倍以上の売上を得ていたこと(原告が現在経営している飲食店における米飯麺類等の売上は原材料代の約三・七倍と証人山主は原告の昭和四四年一一月三〇日付準備書面を引用して証言している。)。

以上の事実が認められる。証人海野源左衛門(第一、二回)、同江田直介、同山主久雄の各証言中、右認定に反する部分は前掲証拠に照らし措信できず、甲第一一号証(売上額記載部分)、および証人江田直介の証言により成立の真正を認め得る乙第五ないし第一四号証も、これ亦にわかに措信できない。そして、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右の認定事実からすると、昭和四〇年当時の原告の収入は、少くとも一ケ月平均七万円程度の収入があつたものと認めるのが相当であり、店舗移転による得意喪失の損失も、八ケ月程度で回復し(最初の月を零%とし、九ケ月目に一〇〇%になるものとして、その間平均五〇%の損失とみる)また、休業期間も二ケ月を要する、(被告は移転先の詮索に要する日数として一〇日を見込み、その日当を補償しているところからみると、移転、内部改造、開業までには二ケ月を通常要すると言えよう。)と認めるのが相当である。そうすると、休業期間二ケ月分計金一四万円、得意喪失による損失分計金二八万円合計金四二万円の損失が生じたというべきである。

3  (宣伝、広告費についての検討)

原告は、別紙宣伝費明細書記載の費用を補償すべきである旨主張するので考察するにこの点について、証人山主久雄の証言によると、通常この程度の費用が必要であるという一般的な主張であつて、実際に原告が本件建物で営業する際、どのような宣伝、広告をしたとか、あるいは本件収用により移転した新店舗で営業を始めるに当り、どのような宣伝、広告をした、というものではなく、そして、実際には原告の主張する宣伝、広告をしていないこと、が認められる。もとより、収用に伴い必然的に生ずる損失は、現実にその補填がなされた事実はなく、それが一般的主張であつてもこれを認めるのが損失補償制度の制度目的に照らし当然であるが、本件の場合前記認定の原告の営業形態においては、原告の右主張の費用は、本件収用に伴い必然的に生じる損失と認めるに足りないので、原告の右主張は認めるに由なきものであるというの外はない。

4  (原告主張の諸雑費についての検討)

原告は、別紙雑費明細書記載の費用を補償すべきである旨主張する。そして、弁論の全趣旨によると、右明細書記載のものの中、電話移転料、その申込料、交通費、引越運賃、積込、積降し人夫賃及び昼食代、三時茶菓子代、テレビアンテナ取付及び配線費、換気扇取りはずし、取付配線費、荷造費等を要したことは認められるが、それに要した具体的費用について、これを認めるに足る証拠は全くなく、また各種動産の破損分についても、これを認めるに足る証拠はない。

ところで、この移転雑費については、被告から原告に対し動産移転料として既に金一万八三五五円が支払われていることは当事者間に争いがなく、又地上物件移転補償費九万八七〇〇円中電話設備一式五〇〇〇円が計上されて支払われていることは弁論の全趣旨により明らかで、原告主張の移転雑費としては、原告の具体的立証がない以上、右金額をもつて、概ね正当補償額であるというの外はないから、原告の右主張も亦採るを得ない。

三  以上の次第で、被告に対する原告の本訴請求は、営業補償に関する分について金四二万円から既に受取つた金一五万三三四九円を控除した金二六万六六五一円及びこれに対する昭和四一年二月一六日(収用の時期である同年同月一五日の翌日)以降完済まで民法所定の年五分の割合による損害金の支払いを求める限度で正当として認容すべきも、その余の請求はすべて理由がないので棄却を免れない。

よつて、民訴法第九二条により(仮執行の宣言はその必要なきものと認めこれを付さない)、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上三郎 矢代利則 大谷種臣)

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